PickUp編集部では、総選挙を控えたトルコ共和国の情報を、より身近な個人投資家の目線で伝えるために、現地在住の方々から、生の情報を伝えていただく"特派員リポート"の配信を行っています。
トルコ大統領選挙の決選投票が5月28日(日)に実施され、現職のレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が過半数(52.18%)を獲得して再選しました。
図1 決選投票の結果(左側:エルドアン大統領、右側:クルチダルオール候補)
開票率:100%、投票率84.15%
出典:Hurriyet紙
野党連合敗北の原因
トルコ国内では、エルドアン大統領が勝ったことよりも、ケマル・クルチダルオール候補が負けたことの方が大きく取り上げられています。その原因として第一に、「第三章 大統領選の行方」でも取り上げたように、大統領選挙に勝つために政治的イデオロギーが全く異なる6党(最終的にはクルド系の国民民主主義党 (HDP) を入れて7党)と国民同盟を組織したことで、大統領候補の一本化に時間を要したことです。選挙の2か月前になってようやく、野党第一党である共和人民党 (CHP) 党首クルチダルオールを統一候補に選んだ矢先、野党第二党である善良党党首メラル・アクシェネルが異議を唱えて同盟を脱退し、数日後にまた戻るという内輪揉めを起こしたことで、同盟の結束の弱さが露呈しました。 第二に、第1回投票の後、第3の候補だったシナン・オアンの浮動票を取り込もうとして、極右の民族主義に急旋回したことです。オアン候補は2011年から2015年まで、今回エルドアン大統領と同盟を組んだ民族主義者行動党 (MHP) 選出の国会議員でしたが、2017年にMHPから除名されました。第1回の投票では、4人目の候補だったムハッレム・インジェが候補を辞退したことから、オアン候補は5.17%(約283万票)と予想以上の票を集めました。決選投票ではオアン候補に投票した有権者はどちらに投票するのかが話題となり、そこに目をつけたクルチダルオール候補は、「私が当選したら、難民は全員祖国に送り返す」と過激な発言をして民族主義を振りかざし始め、オアン候補に投票した有権者を取り込もうとしたことで、トルコ国内だけではなく、海外のマスメディアからも注目を集めました。オアン自身は、決選投票では国益を考えてエルドアン大統領を支持すると表明しました。決選投票では、クルチダルオールが予想したほど票は伸びず、第1回より約91万票が上積みされただけでした。
第三に、クルド系のHDPを国民同盟に引き入れたことです。国際的にテロリスト集団と認定されているクルディスタン労働者党 (PKK) との深い関係を疑われているHDPと同盟を組んだことでPKK自体もクルチダルオールを支援し、さらには北イラクのカンディル地区を拠点とするPKKの兄弟組織もクルチダルオールの支援を表明しました。クルチダルオールが当選したら、最終的にはクルド人の居住地であるクルディスタンをトルコ国内に作ることが目的とみられます。このことでクルチダルオールは、実質的にトルコの領土が分割される危機を煽っていると現政権から激しく非難されました。
最後に、5月14日に大統領選挙と同時に実施された議会選挙では与党同盟が過半数の323議席(定数600)を抑えており、クルチダルオールが大統領に当選しても政治混乱を引き起こすだけです。そうした混乱を招きたくないという国民の心理も働いたと思われます。
今回の選挙では、大統領制の是非、物価高騰、難民の帰還問題、大地震被災者への対策など問題が山積みで、さまざまなTV局による街頭インタビューでも、物価の高騰により生活が苦しくなった国民の現政権に対する苦情が何度も取り上げられていました。にもかかわらず、野党同盟は大統領選の勝利のみを目的に集まった集団で、ただ「議院内閣制に戻す」「物価を下げる」、「難民を送還する」、「復興住宅は無料にする」と発言するだけで、国民が求めている対策を具体的に示せなかったばかりか、テロ集団との結びつきを疑われる始末です。
クルチダルオールはこれまでの選挙と同様に敗北宣言をせず、「これからも戦い続けていく」と続投を表明しましたが、CHP党内だけではなく、CHPを支持する有権者からも辞任を求める声が強まっています。
今後の課題
エルドアン大統領は経済対策に失敗し、国民が強烈な不満を抱えながらも、今回の選挙では野党同盟の自滅に助けられた感があります。大統領は「今回の選挙で勝利したのはトルコ国民である」と勝利宣言し、世界の首脳からはお祝いのメッセージが続々と寄せられています。今後は地震の復興対策、物価対策を中心にしながらも、10月29日にトルコ共和国が建国100周年を迎えることから、まずその準備を行っていくとみられます。
現憲法では大統領の3選は禁止されており、エルドアン大統領の任期は2028年までです。その後の選挙で公正発展党 (AKP) で誰を大統領候補にするのか、後継者を育成していくことが課題のひとつになるとみられています。
経済面では、近年黒海で天然ガスの採掘が始まり、今年の4月から一般家庭への供給が開始されました。また、テロとの戦いがほぼ沈静化した東南部で石油の油層が相次いで発見されており、これまで100%輸入に頼っていた石油の国産化が期待されています。さらに国産電気自動車Toggの生産開始、ウクライナ戦争で有名になった無人攻撃機(ドローン)をはじめとする国産の武器の生産など、次の100年を見据えたプロジェクトが次々と発表されています。トルコ共和国は現在急速に変貌しています。
出典:Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Togg
PickUp編集部 トルコ特派員