こんにちは、戸田です。
本シリーズでは、日本ではまだまだ情報の少ない人民元について、発表された報道や公表された経済データなどをもとに、相場の見通しを立てていきます。中国の金融市場(人民元や中国株・中国債券など)が世界の金融市場に与える影響は年々大きくなっていますので、人民元や他通貨の売買、ひいては世界経済の流れを掴むための情報としてご参考にして頂ければ幸いです。
第6回は「来年(2022年)の人民元相場見通し」といたしまして、私なりの相場見通しをお伝えいたします。
目次
1.今年(2021年)の人民元相場振り返り
2.来年(2022年)の注目トピック
3.来年(2022年)の相場見通し
1.今年(2021年)の人民元相場振り返り
まず簡単に2021年の人民元相場について振り返っていきましょう。
<USD/CNH(ドル/人民元)日足>
2021年、年始の為替レート:6.5020
2021年の変動範囲:6.3291~6.5878
作成段階の為替レート:1ドル=6.3861人民元(1159pipsのドル安、人民元高)
USD/CNHは年初にバイデン米大統領による中国包囲網の形成を受けてドル高、人民元安が進みました。ただ4月以降は、特に米中関係が際立ってエスカレートすることなく、どちらかと言えば対話がすすみ、緊張緩和の方向に進んだことでドル安、人民元高に転じました。以後は人民元高傾向が年末まで続いています。
また米利上げが行われずに、1年物の金利で2.5%前後の米中金利差(人民元金利が2.5%程度高い)が保たれたことも人民元高に寄与したと思います。USD/CNHはそこまで大きく動かないですから、であれば人民元を買い持ちしてスワップポイントを得るのが最適解になるわけです。
<CNH/JPY(人民元/日本円)日足>
2021年、年始の為替レート:15.88円
2021年の変動範囲:15.86円~18.07円
作成段階の為替レート:1人民元=17.78円(年初来で1.90円の上昇)
CNH/JPYは年間を通じてほとんど押し目なく上昇しました。ドル売りの局面ではドル円は下がるけれど人民元が上がる、ドル買いの局面ではドル円は素直に上昇し人民元の下落は限定的、そんな1年間だったと思います。私としても今年最もパフォーマンスが良かったのは人民元の買い持ちでしたが、それもそのはずと改めて上のチャートをみて納得しました。これは私の腕が良かったというよりも「マーケットが良かった」と言えると思います。
2.来年(2022年)の注目トピック
まず真っ先に挙げておきたいのが「米中対立の行方」です。
ここ数年、人民元が大きく変動する時は、たいてい背景に米中間の対立激化があります。対立が激化する局面では人民元安、和らぐ時には人民元高に動きやすい点は覚えておいて損はないでしょう。
では2022年に米中対立が激化するかどうか?と考えてみると、いまよりも激化する可能性は低いと思います。
そもそも米中対立(再燃)のきっかけとも言える新型コロナウイルスに関して、各国でワクチンが製造され、ワクチン接種も進み、またその他の対応策も整い、少しずつ解決に近づいていると感じます。それからグローバルに高いインフレ圧力を背景に、調達コストを引き下げたい両国にとって、米中貿易摩擦はプラスに働きません。
従ってこれ以上の米中対立激化の可能性は低いと考えると、これは素直に人民元にとってポジティブな要因と言えそうです。
もう一点が「米国の金融政策」です。
中国金融当局は基軸通貨である米ドルに対して人民元が過度に変動しないよう調整しています。となると米ドルと人民元の為替レートはそこまで大きく動かないのが通例です。動かない通貨ペアで何が注目されるのか?それは2通貨間の金利差です。
現在、米国は利上げへと向かっています。仮にFOMCの報告通りとすれば来年は3回の利上げ、0.75%の金利上昇が見込まれています。このような環境下で、人民元がぐんぐんと上昇するかと言うと少し難しいように思います。
ですから米国の金融政策、すなわち来年3回の利上げは人民元にとってネガティブな要因と言えます。
この章の結論として、来年の人民元にとって大きなポジティブな材料が1つと、大きなネガティブ材料が1つとで、少なくとも今年のように一方向に人民元高が進んだ相場にはならないと想定します。
なお本記事を執筆中に中国のLPR(ローンプライムレート)と呼ばれる金利が0.05%低下しました(3.85%→3.80%)。これを日本の新聞各社は「中国が利下げに転じた」と報じていますが、実態は利下げではありません。
LPRは中国の18の銀行が希望する金利水準を加重平均した指標に過ぎません。例えばA銀行にとって1年物の貸出レートは3.80%が望ましい、そういった各銀行の報告の平均値に過ぎません。
市場の実際の1年物のレートは現在2.75%レベルになっています。つまり銀行としては1年物の市場金利 + 1.05%程度なら融資をしてもよいというスタンスが確認されただけなのです。ですからこのLPRの件をもって中国が利下げに転じたと判断すると相場を見誤ることになります。
中国の金融政策は「不搞大水漫灌」です。これは過度な金融緩和をしないと言う中国独特の言い回しで、これが現在の中国金融当局のスタンスになっています。
3.来年(2022年)の相場見通し
本日は2つの見通しをお伝えしたいと思います。1つが今後1ヵ月の見通し、もう1つが2022年の見通しです。
今後1ヵ月の人民元相場見通し
対ドル:6.3500~6.4250 横ばい~やや上目線
対円:17.60円~17.90円 横ばい~やや下目線
2022年の人民元相場見通し
対ドル:6.2500~6.7000 上目線
対円:16.80円~18.20円 横ばい~やや下目線
まず対ドルですが、一方的なドル安、人民元高は続かない可能性が高いと考えています。短期的に、例えば来月はドル安・人民元高が進み、下値を試す可能性もあると思いますが、では来年の第2四半期も安値を試しているかと言うとそのようなイメージはありません。米金利の上昇を見込んだドル高が進んでいますので、ドル人民元が安値を試す展開は長く続かないと考えています。
では上値の目途をどの辺りで想定するか?目先は6.4250がレジスタンスになります。従ってまずはこのレベルを上抜けるかが注目点になります。その後は6.60がレジスタンスになるのですが、来年はこの辺りまで試しに行くのではないかと考えています。
対円についてはドル円次第のところが多分にあるのですが、まずは17.60円がサポートとして機能するか注目です。まだまだ日足レベルでは人民元は強いですし、金利のない世界において、目先は高金利の人民元が買われやすい状況は変わっていません。ですから短期的に上を目指す可能性も十分にあり得ると思います。
ですが対ドル相場において人民元安が進めば、対円の人民元相場も自然と下押し圧力が掛かってくることになります。米国が利上げに向かう中で、短期の米中金利差が縮小する場合には、人民元の上昇も長続きしないように思います。
以上が私の現時点における人民元相場見通しとなります。ご参考にして頂ければ幸いです。
引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
戸田裕大
<参考文献>
各種為替データ:
CNH/JPY:外貨ネクストネオ
USD/CNH:https://Investing.com
<補足事項>
人民元相場を追っていく時に、大切なことは、USD/CNH(ドル/人民元)を必ずチェックしておくことです。取引そのものはCNH/JPY(人民元/日本円)で行うことが多いと思いますが、CNH/JPYはUSD/CNHとUSD/JPYで構成されていますので、USD/CNHもチェックしておくことが肝要です。
またPBOC(中国人民銀行)が最も気にしているのもUSD/CNH(厳密にはUSD/CNY)です。日本銀行がドル円のレートを常に注意しているのと同様、PBOCも常に対ドルレートを気に掛けています。ですからUSD/CNHを見ておくことで、PBOCの動きにもアンテナを高くしておくことが出来るのです。
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代表を務めるトレジャリー・パートナーズでは専門家の知見と、テクノロジーを活用して金融マーケットの見通しを提供。その相場観を頼る企業や投資家も多い。 三井住友銀行では10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(扶桑社/ 2020 年)『ウクライナ侵攻後の世界経済─インフレと金融マーケットの行方』(扶桑社/ 2022年)。
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