こんにちは、戸田です。
本シリーズでは、発表された報道や現地の声、公表された経済データなどをもとに、香港や中国本土の最新の情勢について迫っていきます。香港ドル・人民元などの通貨売買のご参考にして頂ければ幸いです。
第39回は「【続落する香港ドルと人民元】ワクチン問題に揺れる香港と遅きに逸した中国」でお届けいたします。
目次
1.香港の新型コロナウイルス感染状況とワクチン問題
2.遅きに逸した中国の主張と高まる地政学リスク
3.為替相場のアップデート
1.香港の新型コロナウイルス感染状況とワクチン問題
さて全世界で新型コロナウイルスの再拡大が懸念されており、日本も大阪などで感染者数の増加が目立っています。このような状況下、香港の新型コロナウイルス感染状況はどのように推移しているのでしょうか?
香港の新型コロナウイルス感染状況は、世界のトレンドとは反対に、とても落ち着いていることが窺えます。これは中国本土式の厳格な管理方法が香港でも普及してきたことによるものと考えています。
しかし、ここにきて新たな問題が浮上しています。それがワクチン問題です。
先週まで、香港では独バイオンテック社と、中国のシノバック社のワクチン、それぞれ2種類が接種可能だったのですが、このうち、独バイオンテック社のワクチンに不備があったとして、ワクチン接種が不可能になってしまいました。
24日に公表された香港政府の報告によれば、これを管理する中国のコングロマリット企業復星の医薬部門(復星医薬)から報告があり、ワクチンの瓶のふたがずれていたようで、調査を開始するので、使用を一時的に停止すると記載があります。これが事実だとすれば、正しい措置のようにも見えます。
しかし、おそらく、先進国の外国人の常識からすると、大変失礼ながら、中国のシノバック社のワクチンよりも、独バイオンテック社のワクチンを接種したいわけで、それは香港の知識人や海外の方もそう思っている可能性が高いです。ところが、中国のシノバック社のワクチンしか選択出来ないとなると、これはそもそもワクチンを接種すべきかどうか、悩まされるわけです。
先週、ドイツがウイグル人権問題に対する中国への制裁を課した直後のタイミングですから、単に中国政府が、ドイツの顔に泥を塗りたいと言う意図があるのかもしれないと勘ぐってしまいます。邪推に過ぎないと良いのですが、ワクチンを巡ってもますます香港と欧州の対立が激化しているようにも見えます。
相変わらず、巻き込まれまくる香港。混迷を極めてきたと言って、過言ではないでしょう。香港アセットは通貨を含め厳しい状況が続くのではないでしょうか。
2.遅きに逸した中国の主張と高まる地政学リスク
先週号で、米国側が「ウイグル=ジェノサイド」の広報活動を続けることで、人々にホロコーストやナチスを連想させ、第二次世界大戦の被害が思い出され、多くの人々の間で嫌中感情が高まっていることについて言及しました。また、その成果として、日米が尖閣諸島における共同訓練実施を表明し、日米欧印の軍事協力体制協議が開催され、そしてEUの中国当局者に対する制裁へと繋がったことについてもお伝えしました。
これに対して、先週から中国の報道官は、「ウイグルは素晴らしい土地である」「米国はアジア人や黒人差別をしている」と反論する広報を展開します。しかし、いまさらになって、やたらとウイグル地域の良さについて言及し、米国の人種差別について言及したところで、遅きに失した感は否めません。
今、世界は、民主主義陣営と、権威主義陣営に二極化しつつあります。民主主義陣営とは米国を中心にファイブアイズ+欧州+日本+インドなどであり、権威主義陣営とは中国を中心にロシア+イラン+北朝鮮などが代表的です。米中の覇権争いのはずが、バイデン政権が「人権」をテーマに掲げたことで、両国の対立はむしろ緊迫化し、日本や欧州をも巻き込み、決裂は決定的になったと言ってよいでしょう。
ここから先の話ですが、おそらく民主主義陣営は中国の出方を窺う展開になります。なぜなら、ウイグルや香港のように、目に見えた中国の落ち度がない限り、先制攻撃をしても良いことがないからです。正義のない制裁はブーメランとなって自国に帰ってくることはトランプ前大統領が証明していますので、逆に中国が自滅するのを待つ構えになるはずです。
では中国が先に動きそうなところは?と考えてみると、特に意識されるのが台湾・および尖閣諸島ではないかと思います。特に台湾奪還は、共産党建国当時からの悲願であり、習近平国家主席の野望だと思うからです。
今、世界中の注目が台湾・および尖閣諸島に集まっています。それは香港問題を片づけた後に中国が推し進めるのは台湾統一の可能性があり、またそこは米国や日本にとって絶対に譲れない一線だからです。
台湾尖閣問題は投資家にとっても、日本にとっても、最大級のリスク要因となる可能性があり、注目しておく必要があるので、本シリーズを通じて一緒に学んでいきましょう。
3.為替相場のアップデート
先週は米ドルが買われました。その中でドル円は、週初はトルコリラショックで下落する局面もあったものの、その後は総じて底堅く推移し、一時、109円86銭に到達するなど、しっかりと上昇しました。
ただし短期的には急上昇と言える勢いだと思いますし、RSI(テクニカル分析の一種)の日足や週足でみてもやや買われ過ぎの水準とも言えるので、上昇幅が限定的であったり、下落する時の幅が大きい可能性があり注意が必要です。
言い換えれば、リスクリワードを意識したトレーディング戦略が必要な局面です。
このような中で、香港ドルや人民元の動きはどうなっていくか、まずは香港ドルから見ていきましょう。
米ドル/香港ドル(USD/HKD:青色のチャート)は大分と綺麗に米ドル高・香港ドル安のトレンドを示しています。米ドルの強さが目立つ相場の中で、香港の経済指標や環境は芳しくなく、強弱関係がはっきりしています。引き続き米ドル高・香港ドル安が進み、1USD=7.77, 7.78HKDを窺う展開を想定しています。
となると香港ドル/日本円(HKD/JPY:オレンジ色のチャート)を買い持ちするよりも、素直にドル円を買い持ちした方がパフォーマンスは良くなりそうです。逆にドル円を売りたいときは香港ドル/日本円を売った方がパフォーマンスは良くなりやすいと思います。
次に人民元を見ていきます。
まず米ドル/人民元(USD/CNH:青色チャート)の上昇が目につきます。つまりドル高、人民元安が続いているのですが、主な要因は2点と考えています。
1点目が米中金利差の縮小です。以下のチャートをご覧ください。
青いライン、つまり米中の金利差が縮小(人民元金利が低下)する中で、赤いラインの米ドル/人民元が上昇していることがわかります。
市場で米長期金利の上昇に注目が集まってしばらくたちますが、実は短期金利(1年以内)を見ることもとても重要です。上図は3ヵ月物の金利を比較していますが、なぜ3ヵ月かと言うと、10年債よりも3ヵ月物の金利の方が直接為替レートへの影響が大きいからです。いわゆるスワップポイントなどに直接的に影響のある短期金利の方が、直接的に為替相場に影響を与えます。ですから短期金利の米中金利差が縮小しているのは、割と確度が高く、ドル高人民元安に効いてくると考えています。
2点目が、中国が政治的に追い詰められているということです。現在の相場では米ドル高、人民元安が進んでいますが、これは米金利の上昇だけでなく、両国の政治的なパフォーマンスが意識されている可能性が高いと考えています。基軸通貨の覇権を争う両国ですから、当然と言えば当然ですが、日欧などキープレイヤーが米国についたことがじわじわとドル高の評価に繋がっていると感じています。
このような状況の中、私は今週に入って、ドル買い、人民元売りのポジションを造成しました。日本のFX会社ではドル人民元のペアは売買出来ないと言う認識ですので、そう言った場合は、人民元売り日本円買いと、日本円売り米ドル買いを組み合わせることで、人工的にドル買い、人民元売りのポジションを造成することが出来ますので、検討してみても良いと思います。
人民元の対円取引については、香港ドルと同様ですが、中華圏の通貨は2通貨ともにパッとしない状況ですので、買うときはドル円を、売る時は中華圏の通貨を対円で売るとより一層ワークすると思います。
それでは本日はここまでとなります。
引き続き注目度・影響度の高い、香港及び中国本土の情報について皆様にご報告させて頂きたく思っております。引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
戸田裕大
<最新著書のご紹介>
なぜ米国は中国に対して、これほどまでに強硬な姿勢を貫くのか?
ポストコロナ時代の世界情勢を読み解くカギは米中の「通貨覇権争い」にあります。
本書は、「最先端の中国キャッシュレス事情」「デジタル人民元の狙い」「人民元の国際化」「香港の最新情勢」など 日本ではあまり報道されない米中対立の真相に迫る、ビジネスパーソン、投資家にとって必読の一冊です。
【インタビュー記事】
<参考文献・ご留意事項>
各種為替データ
https://Investing.com
香港政府:Suspension of BioNTech vaccination
https://www.info.gov.hk/gia/general/202103/24/P2021032400357.htm
South China Morning Post: Young Hong Kong man describes ordeal of facial paralysis after receiving Covid-19 vaccine
https://www.scmp.com/coronavirus/health-medicine/article/3127215/young-hong-kong-man-describes-ordeal-facial-paralysis
代表を務めるトレジャリー・パートナーズでは専門家の知見と、テクノロジーを活用して金融マーケットの見通しを提供。その相場観を頼る企業や投資家も多い。 三井住友銀行では10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(扶桑社/ 2020 年)『ウクライナ侵攻後の世界経済─インフレと金融マーケットの行方』(扶桑社/ 2022年)。