明けましておめでとうございます。戸田です。本年もどうぞ宜しくお願いします。
本シリーズでは、発表された報道や現地の声、公表された経済データなどをもとに、香港や中国本土の最新の情勢について迫っていきます。香港ドル・人民元などの通貨売買のご参考にして頂ければ幸いです。
第28回は「中欧投資協定の合意で強まる buy China 戦略」でお届けいたします。
それでは、さっそく本題に入っていきます。
目次
1.最新の香港情勢
2.中欧投資協定の本質
3.香港ドルと人民元相場のアップデート
1.最新の香港情勢
さて、年末年始ですが、引き続き国家安全法関連の取り締まりが強化されています。既に海外に渡航した許智峯(Li Yanyan)氏などの元政治家や、元活動家が30名ほど新たに指名手配を受けるなど、国家安全法の適用範囲が、国内だけでなく、国外にも広がってきました。
また本シリーズでたびたび取り上げているアップル・デイリー創業者のジミー・ライ氏ですが、一旦は保釈を認められたものの、香港最高裁がこれを取り消し、再度、審理前の収監が始まりました。この最高裁の判断には中国本土からの外圧(世論)も影響しているようで、香港の本土化がますます進んでいる印象を受けます。
なお香港では11月末頃から、新型コロナウイルス「第4波」が猛威を奮っていましたが、直近は1日の新規感染者数が50名を下回る水準まで落ち着いてきました。しかし飲食店を中心に、営業時間制限や人数制限の影響で、売り上げを伸ばせない状況が続いていましたので、飲食関係者から政府へ、厳しい管理体制に対する不満の声もあがっていたようです。この辺りは、全世界共通の課題と言えるでしょう。
また公務(Civil Service)省長官のPatrick Nip Tak-kuen 氏が、香港政府はワクチン投与・キャンペーンを2月初旬の開始に向けて用意していると発言しました。まずは500,000人を対象とし、特に医療従事者、コロナ陽性者、高齢者、障害者へ優先的にワクチン投与の機会が与えられるそうです。500,000人と言えば香港居民の約7%に相当しますから、かなり大規模なワクチン投与・キャンペーンと言えそうです。
まとめると、香港は、年末年始にかけて、言論に関しては本土化が一段と進みつつも、コロナ対策に関してはようやく目途が立ち、経済回復の兆しが見えてきた状況です。
2.中欧投資協定の本質
30日に中欧投資協定が結ばれました。いまさら中国とEUで投資協定?と思われるかもしれませんので、少し背景をご説明します。
まず中国とEUの間にはそもそも製造業・サービス業における技術力の差が存在します。そのため、中国は欧州企業に対して、中国投資先企業への資本割合の制限などを設けています。これは中国と欧州間だけの制限ではなく、中国は、米国や日本に対しても同様の措置を取っています。
ところが今回の投資協定では、EU公表の文書によれば、EUに対して大幅にこの投資制限が取り除かれるということで、大きくEUに配慮した形の協定になったようです。なお詳細はこれから詰めていく(文章に落としていく)と記載されています。
また中国には国有企業が多数存在しますが、国有企業は、国から支援を受ける可能性が高いので、民間企業と比べると有利で、不公平な競争環境に置かれた企業と言えます。欧州企業などの海外企業は、中国の国有企業と競争を行わなくてはいけないため、厳しい環境にさらされていると言えます。そこで今回の投資協定では、中国国有企業への技術移転や、補助金ルールの明確化などを厳しく制限し、より透明な情報でやりとりが行われるよう設計されているようです。これも中国側の大きな譲歩と言えるでしょう。
なお、過去のEUから中国への50%以上の投資は、製造業に向けたものです。今回の協定ではEUは中国の製造パートナーであると強調されています。特に自動車産業、交通インフラ・医療機器・化学など、EUが得意な分野で大幅な譲歩を取り付けたようです。
またサービス業においては、金融を中心に、海運業、環境、コンピューター、プライベート医療(訪問・オンライン診察)分野での協力を積極的に行うようです。
余談ですが私の出身校は中央工商学院(通称CEIBS)という中国は上海の大学院です。そこではフランスの元首相なども学生への講義に訪れるほど、実は欧州と中国の政府間交流はとても活発です。なので、私的には中欧投資協定が合意に至ったことに全く驚きはありません。日本では欧州と米国を「欧米」と一括りにしますが、欧と米で中国に対する温度感は全く異なります。この点は押さえておいた方がよいポイントです。
3.香港ドルと人民元相場のアップデート
さて恒例の相場環境の確認です。まず相場の全体感ですが、引き続き年末年始もドル安相場が継続しています。米国の長期的な量的・質的緩和の継続方針、中国など諸外国の台頭、仮想通貨など新たな富の移動手段の利用拡大を通じて、基軸通貨ドルに対する売り圧力が強まっています。ドルの強さを示すドルインデックス(コード:DXY)は、90割れが定着しそうな雰囲気です。
このような相場環境の中で香港ドルは以下のように推移しています。
香港ドル/日本円(HKD/JPY)はドル円の下落に連れて、引き続きじり安の展開、13.30台を挟んでの攻防が続いています。一方で、米ドル/香港ドル(USD/HKD)は一旦下落圧力が弱まってきました。なかなか割れない7.75を横目に緩やかに反発と言ったところです。香港ドルに関して、現状、特に大きな材料はないので、今後の米ドルの動きに左右されることになるでしょう。
最後に人民元を見ていきます。
人民元/日本円(CNH/JPY)はドル円の下落も相まって頭打ちの様子に見えましたが、再び15.90台へと戻ってきました。また米ドル/人民元(USD/CNH)についても、前回記事で述べたように、中国が金融緩和に舵を切ったことで、一方的な人民元高に歯止めが掛かってきたようにも見えたのですが、年が明けて、再び一段と人民元高圧力が強まってきました。
背景には前述のドル安に加えて、中欧投資協定の合意があると考えています。端的に言えば、欧州から中国への投資が伸びることを見越して人民元が買われていると考えています。年初の欧州時間前後で随分と人民元が買われたので、その可能性は十分にあると思います。
先週、ドル買い人民元売り、つまりUSD/CNHの買い持ちは、中国の金融緩和を背景に面白いトレード・アイデアと記載しましたが、年を明けて、大きなドル安の流れと、buy Chinaの流れに逆らっているように感じたので、考えを改めました。やはりドル売り人民元買いが素直な順張りトレードと言えそうです。
それでは本日はここまでとなります。
引き続き注目度・影響度の高い、香港及び中国本土の情報について皆様にご報告させて頂きたく思っております。引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
戸田裕大
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<参考文献・ご留意事項>
各種為替データ
https://Investing.com
日本経済新聞:香港国安法 海外の30人指名手配
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO67773200Y0A221C2EAF000
日本経済新聞:香港紙の創業者再収監へ
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO67825950R31C20A2FF8000
South China Morning Post: Hong Kong to roll out mass coronavirus vaccinations in February, minister says, as city records 35 new Covid-19 cases
https://www.scmp.com/news/hong-kong/health-environment/article/3116181/hong-kong-may-pull-other-government-departments?li_source=LI&li_medium=hong_kong_section_top_picks_for_you
European Commission:EU and China reach agreement in principle on investment
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_20_2541
代表を務めるトレジャリー・パートナーズでは専門家の知見と、テクノロジーを活用して金融マーケットの見通しを提供。その相場観を頼る企業や投資家も多い。 三井住友銀行では10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(扶桑社/ 2020 年)『ウクライナ侵攻後の世界経済─インフレと金融マーケットの行方』(扶桑社/ 2022年)。