こんにちは、戸田です。
本シリーズでは、発表された報道や現地の声、公表された経済データなどをもとに、香港の最新の情勢について迫っていきます。香港ドル・人民元などの通貨売買のご参考にして頂ければ幸いです。
第26回は「強まる言論統制と愛国教育 為替は引き続き人民元高」でお届けいたします。
それでは、さっそく本題に入っていきます。
目次
1.最新の香港情勢まとめ
2.バイデン政権における通商代表キャサリン・タイ氏について
3.香港ドルと人民元相場のアップデート
1.最新の香港情勢まとめ
今週は香港で多くの動きが見られたので、シンプルに事実と、一言の解説で、ご報告させて頂きます。
まず1点目ですが、本シリーズで何度も触れております、アップル・デイリー創業者のジミーライ氏(裁判中)、それからアグネス・チョウ氏(収監中)に対して、香港裁判所はそれぞれ保釈が認められないとの見解を示しました。保釈中の海外逃亡や、広報活動を警戒しての対応と推測されますが、民主派インフルエンサーに対する極めて厳しい対応及び言論統制が浮き彫りになっています。
2点目が、国家安全維持法関連の逮捕者の増加で、香港警察は7日に香港中文大学のキャンパス内で行われたデモに絡み8人を逮捕、8日には香港国家安全維持法に反対するデモに関し、立法会(議会)前議員ら8人を逮捕しました。国際社会から多くの非難が集まる中でも、むしろさらに取り締まりを強化している動きが目立ってきました。
3点目が、香港ではないですが、北京で市場ニュース等を発信するブルーム・バーグ社の社員が拘束されました。詳細は不明ですが、当局の見解では、社員は犯罪行為に従事した疑いがあり、調査中とのことで、今後は、単なる事実報道やそれに対するインサイト情報についても取り締まりが強まる可能性があるのかも知れません。ここからも言論統制の強化が一層すすんでいるように感じています。
4点目が教育制度改革です。香港の学生が国際政治を学ぶ「通識教育」と呼ばれる授業が見直され、中国の近年の発展や思想を学ぶ授業へと内容が大幅に変更されるとのことで、これにより「雨傘運動」「天安門事件」などの記述が今後削除される予定とのことです。香港に愛国主義的な教育が行われることに、おそらく日本人である我々は大きな違和感を感じる訳ですが、是非に及ばず、そのように変化していく可能性が高いことには留意しておくべきでしょう。
無論、米国をはじめとする先進諸国も黙ってみている訳ではなく、これに制裁を科す動きが活発になっています。過去の動向をみれば、やられればやり返す可能性が高い中国外交ですから、今後も米中対立が激化していくと見て間違いないのではないかと思います。
2.バイデン政権における通商代表キャサリン・タイ氏について
米大統領選で当選を確実にした民主党のバイデン前副大統領は10日、米通商代表部(USTR)代表に議会法律顧問のキャサリン・タイ氏を起用すると発表しました。USTR代表は、今後の米中(特に貿易)対立を占う上で重要なポジションであり、少し気になった点を、考察を加えてお伝えします。
まずこのポジションの現職はロバート・エメット・ライトハイザー氏で、氏はロナルド・レーガン政権において日米通商交渉でも代表次席を務めるなど経験豊富な白人弁護士でした。おそらく誰もが適任と思うだけの経歴を有するライトハイザー氏への政権の評価も高く、マイク・ペンス氏も、唯一この業務に従事できる資格者であると発言しています。実際に関税の掛け合いを経て、2019年に第一段階の貿易合意を取り付けたことも実績として挙げられるでしょう。
一方で、キャサリン・タイ氏は、7年間の勤務実績はあるものの、まだ45歳前後と年齢も若く、ライトハイザー氏と比べると、実績が見劣りします。またタイ氏は、中華系の血筋で、両親が中国から台湾、そして米国へと移住した中国と関係の深い人物のようです。
さすがに政治的な思想の確認は行っていると思いますが、わざわざ中国人から一世代しか経ていない、実績でも見劣りするタイ氏をこのポジションに配置すべきだったのか疑問が残ります。中国語が理解出来ることは相手の真意を知る(交渉を有利に進める)上でポジティブに働くと思いますが、随分と大胆な人選であると思った次第です。
トランプ政権下で激しく対立を繰り返した米中貿易交渉、そこを和らげる意図をタイ氏の人事から明確に感じるものの、仮に通商交渉が米国に取って望ましくないものとなれば、真っ先にこの人事はやり玉に挙げられるのではないでしょうか?バイデン政権における一つのリスク要因として認識しておいた方が良いかもしれないです。
3.香港ドルと人民元相場のアップデート
さて恒例の相場環境の確認です。まずは香港ドルから見ていきましょう。
年末を控え、クリスマス・シーズンに入ってきている為替市場では例年この時期は積極的な取引が手控えられ、小動きになることが多いのですが、香港ドルもご多分に漏れず、直近は小動きが続いています。
その中でも香港ドル/日本円(HKD/JPY)はドル円の下落に連れて、引き続きややじり安の展開、13.40前後での値動きが続いています。
また米ドル/香港ドル(USD/HKD)についても引き続き下落圧力が掛かっています。しかしながら、香港中銀が為替介入をするほどの値動きにはなっておらず、10月および11月は、香港中銀は為替介入を実施していません(香港では為替介入を実施すると、必ず報告があります)。
年内は大きな動きがないものと予想しますが、USD/HKDの下落圧力は継続しており、来年水準切り下げの可能性には十分留意しておきたいところです。
次に人民元を見ていきましょう。
人民元高のトレンドは引き続き継続しています。人民元/日本円(CNH/JPY)こそドル円の下落に連れて、15.80台まで値を下げていますが、米ドル/人民元(USD/CNH)は先週のオフショア市場で一時6.50を割り込みました。
米中対立が激化する中で、なぜこれだけ人民元が強いのか?理由は一つではないのですが、まずは新型コロナ対策が功を奏し、景気回復が他国に比べて早いことが挙げられます。金融市場は将来を織り込んで動いていますので、中国が他国よりも成長することを見込んでいるのです。例えば、民間研究機関の日本経済研究センターは中国が28年にも名目国内総生産(GDP)で米国を超えると予測しています。なおこのような予測は世界各国で行われており、軒並み中国の早い経済回復を予想していることから、中国の一段の経済成長が意識されていることは押さえておきたいところです。
それから中国は日本と同じように大幅な経常収支黒字国でもあります。これは裏を返せば、現在の為替レートは中国の実力と比較して、まだまだ人民元安の水準であるということになります。海外から得た外貨を人民元へと両替する過程で、為替レートは適正な水準(ドル安・人民元高)へと収束します。経常収支がゼロ近辺で拮抗するまでは、基本的に現在のドル安・人民元高のトレンドは変わらないと考えておいた方が良いでしょう。
なお筆者は現段階において、引き続き来年もドル安・人民元高を想定しており、目安はUSD/CNH で6.30前後(米中貿易摩擦開始時点の水準)。その後は、過去最安値の6.00前後まで試す展開を想定しています。もちろん、相場が大分と一方向にドル安・人民元高へと進んでいますので、大きな反発(調整)が起こる可能性にも留意しておきたいところです。
本日はここまでとなります。
引き続き注目度・影響度の高い、香港及び中国本土の情報について皆様にご報告させて頂きたく思っております。ご支援のほどよろしくお願いいたします。
それでは、またの機会にお会いしましょう。
戸田裕大
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【インタビュー記事】
【過去記事】
<参考文献・ご留意事項>
各種為替データ
https://Investing.com
日本経済新聞:香港紙創業者、保釈認めず 国家安全法で初公判
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM121PR0S0A211C2000000
日本経済新聞:周庭氏の保釈を認めず
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO67169730Z01C20A2FFJ000
日本経済新聞:中国、米政府関係者らに制裁 「対等」措置を強調
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM108U70Q0A211C2000000
日本経済新聞:香港、リベラル教育が標的に 自由な発想より愛国
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM0741U0X01C20A2000000
日本経済新聞:バイデン氏、通商代表に中国通 知財・補助金で対中圧力
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN103550Q0A211C2000000
日本経済新聞:中国GDP、28年にも米超え 日経センター予測
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM0925A0Z01C20A2000000
Bloomberg: China Authorities Detain Bloomberg News Beijing Staff Member
https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-12-11/chinese-authorities-detain-bloomberg-news-beijing-staff-member
代表を務めるトレジャリー・パートナーズでは専門家の知見と、テクノロジーを活用して金融マーケットの見通しを提供。その相場観を頼る企業や投資家も多い。 三井住友銀行では10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(扶桑社/ 2020 年)『ウクライナ侵攻後の世界経済─インフレと金融マーケットの行方』(扶桑社/ 2022年)。