「接戦州」におけるバイデン氏健闘で『トリプル・ブルー』が現実に?
いよいよ米大統領選の投開票日まで1週間を切ってきた。
執筆時点における注目ポイントの一つは、前回(2016年)の選挙で共和党が民主党に競り勝ったフロリダ州(29)、ペンシルベニア州(20)、ミシガン州(16)、ジョージア州(16)アリゾナ州(11)など(カッコ内は選挙人数)において、民主党のバイデン氏が優勢という世論調査の結果が明らかになっていること。いわゆる「接戦州」においてバイデン氏の健闘が光っているわけである。なお、最大の選挙人数を誇るカリフォルニア州(55)や3番目に選挙人数が多いニューヨーク州(29)などでの民主党の地盤は揺るがないものと見られる。
むろん、あくまでも“接戦”であり最終結果は依然として藪の中。ただ、選挙人の数の多さからしてフロリダ州やペンシルベニア州などで仮にバイデン氏が勝利した場合、そのインパクトはかなり大きい。自動車の街デトロイトがあるミシガン州などは元々ヒスパニック系の住民が少ないにも拘らず、今のところバイデン氏が優勢というから少々驚く。果たして、民主党が大統領と上院、下院のすべてを制する『トリプル・ブルー』が現実のものとなるのだろうか。
メキシコ国境沿いのテキサス州やアリゾナ州などでは、かねてよりヒスパニック系の移民が急増しており、結果、そうした地域は共和党支持から民主党支持に傾きつつあるとされてきたが、その実、直近の調査ではアリゾナ州で民主党が優勢であるという。ちなみに、テキサス州は過去40年に渡って共和党が強固な地盤を築いており、ここが民主党支持に回れば「共和党は未来永劫、大統領選で勝てなくなる」とまで言われている。
今回の米大統領選では、ヒスパニック系の投票率が大幅に上がること必至と考えられているだけに、共和党としても安穏としてはいられない。むろん、最大のカギを握るとされるオハイオ州まで民主党が制した場合には、バイデン氏が勝利を手中にする可能性が一気に高まる。ただ、10月22日に行われたテレビ討論会でシェールオイルのフラッキング(水圧粉砕法)に関する応酬があった際、バイデン氏がトランプ氏に付け入るスキを与えたことで、そのことがペンシルベニア州やオハイオ州、フロリダ州などでの票の動きに影響が及ぶ可能性もあるとされる。
なお、今回は全米でBlack Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)のムードが盛り上がっていることもあり、黒人の投票率もグンと上がると見込まれる。前回の選挙でヒラリー・クリントン氏が一敗地に塗れることとなったのは、選挙に興味を失った黒人の投票率の落ち込みが原因と見る向きも少なくない。
黒人やヒスパニックの投票率が劇的に上がれば、少なくとも一般投票における得票数でトランプ氏がバイデン氏に大きなリードを許す可能性は高いと見られる。ただ、彼らの多くは郵便での投票を行うと考えられ、やはり一波乱は避けられまい。開票にかなりの時間を要するうえ、おそらくトランプ氏は郵便投票の結果を素直には受け入れない。既知のとおり、同氏はすでに選挙結果の判断を法廷闘争に持ち込むことまで視野に入れ、連邦最高裁判所判事に逝去したギンズバーグ判事の後任としてバレット氏を指名し、先に上院本会議での承認をも得ているのだ。
とまれ、今回は新大統領の決定までに市場をも揺るがす混乱が多少なりとも生じる可能性を否定できない。だからこそ、執筆時の金融市場は全体に模様眺めムードを色濃くしており、米・日株価もドル/円もユーロ/ドルもともに上値の重さが強く感じられる展開となっている。
ことに9月下旬あたりから強含みの展開となっていたユーロ/ドルが1.1900ドル手前でガッチリと上値を押さえられる格好になっていることは注目に値する。それは一目均衡表の日足「雲」上限の抵抗に押し戻されていると捉えることもできるだろうし、リスク回避のドル買いが少々強めに出ていることによるとも言えるが、目下のユーロが置かれた状況が決して良好とは言えないことも確かである。
何より、欧州では新型コロナウイルス感染の第2波が猛威を振るい続けている。あらためて外出禁止令などの行動規制に踏み切る都市が見る見る増え、それは必ずや相応の経済的ダメージを及ぼすこととなろう。結果、欧州中央銀行が12月の定例会合で追加緩和に踏み切るとの見方も一層強まっている。
また、依然としてトルコリラの下げに歯止めが掛からない状態が続いていることも気掛かりである。既知のとおり、それは同国のエルドアン政権が支援するアゼルバイジャンとアルメニアの民族紛争(一応、両国は26日に3度目の停戦で合意した)との関わりもないではないが、現実問題として対外債務の急増と外貨準備の急減に伴う債務危機が懸念されていることが大きい。その債権はスペインやフランスなどが握っており、トルコの債務問題はユーロの問題と直結しかねない。
今はまだ、12月のECB理事会まで日があるし、トルコが根を上げたわけでもないのでユーロ/ドルも高止まりしているが、それなりの下値リスクはあるものと覚悟しておく必要はあろう。仮に、1.1800ドル処をすんなり下抜ける動きとなれば、そこから1.1700ドル処を目安に一旦ショートを振るのも一手と見る。
一方のドル/円については、やはり直近安値水準の104円処を下抜けるかどうかが最大の焦点。もし同水準をクリアに下抜ける動きになると、一旦は3月9日安値が位置する101円台前半の水準が意識されやすくなっておかしくはない。
ただ、中期的に見れば、そこがドル/円を買い拾うチャンスになると見ることもできると個人的には考える。一時的にも大きく下に振れれば、3月の急激な上昇に対する調整が完結したとの感触が得られやすくもなると見られる。
周知のとおり、このところは国内投資家による外国債券への投資が拡大し続けており、資本収支のマイナスが拡大し続けている。そうした点をも踏まえれば、当面は極端な円高・ドル安に振れることも考えにくく、一時的にもドル/円が大きく下押した場合には、そこに待機資金が一気に押し寄せることとなる公算が大きい。
むろん、今回の選挙で最終的に『トリプル・ブルー』が現実のものとなれば、米景気の回復期待が一気に強まって米債利回りも急上昇。ドルの強みも増すこととなろう。いずれにしても少々大きく値が振れるような場面が訪れるまでは、基本的にキャッシュポジションを高めておくのが得策ということになると考える。
田嶋智太郎氏
経済アナリスト 慶應義塾大学を卒業後、現三菱UFJモルガン・スタンレー証券を経て、経済アナリストに転身。現場体験と綿密な取材活動をもとに、金融・経済全般から戦略的な企業経営、個人の資産掲載まで幅広い範囲を分析・研究。 WEBサイトで経済・経営のコラム執筆を担当し、株式・外為・商品などの投資ストラテジストとしても高い評価を得ている。 また、「上昇する米国経済に乗って儲ける法」など書籍も手掛けるほか、日経CNBCレギュラーコメンテーターも務める。