こんにちは、戸田です。
香港シリーズ、第9回は「逆風にも関わらず香港ドル高が継続するのはなぜ?」でお届けいたします。
香港政府は9月に控える立法会選挙について新型肺炎を理由に1年延期することを決定しました。これを受けて香港市民及び世界各国から、香港政府及び中国政府に対する非難の声が高まっています。
またこのような政情不安の状況にもかかわらず不思議と香港ドル高が続いています。さらに米ドルと香港ドルの金利差が縮小する中でも香港ドルが選好されていることも理解に苦しみます。
そこで本日は改めて香港ドルを取り巻く環境について確認し、なぜ現状このような値動きになっているのかを考察していきます。また最後に収集した情報をもとに今後の市場への影響を考察しますので、ご覧になって頂ければ幸いです。
目次
1.最新の香港情勢
2.為替相場の定点観測
3.今後の香港ドル相場について
1.最新の香港情勢
まず今週一週間の中で最も大きな情勢の変化は、香港で9月に控える立法会選挙が香港政府の決定により1年延期となったことです。もともと民主派が候補者の共倒れを避けるために予備選を行い、いつも以上に世間に選挙の重要性を訴えかけていたにも関わらず、香港政府は新型肺炎を理由に選挙そのものの1年延期を決定したことから、様々な方面から非難の声が上がっています。
例えばドイツのマース外相は、香港との間での犯罪人引き渡し条約を停止すると表明し、香港政府の立法会(議会)選挙延期と一部民主派の立候補禁止は「市民の権利を一段と制限するものだ」と非難しました。
またスイスのイグナツィオ・カシス外相は、「もし中国が香港の『一国二制度』を放棄するのであれば、香港で投資をしてきた多くのスイス企業にも影響が及ぶ」として、「中国がこの新方針に固執するのであれば、西側世界はより断固たる対応を講じるだろう」と非難しました。
もともと英国を中心としたファイブアイズが香港に対して非難の声を上げていましたが、ここにきて欧州各国、特に中国と経済的な関係の深いドイツやスイスまでもが明確に対応を強めています。
本シリーズの連載もおかげさまで9回目となりましたが、回を重ねるごとに、米国だけでなく、欧州諸国から香港政府や中国政府に対する非難も激しくなってきていることを感じています。
理由の一つとして本シリーズの第5回で指摘しましたが、中国が香港・国家安全法の制定を通じて、英国が大事にする人権に関する意識を軽んじてしまい、影響力のある旧宗主国の逆鱗に触れてしまったことが挙げられると思います。BBCニュースをご覧の方はお分かりいただけると思うのですが、特に7月はウイグルを中心に人権問題に対する提議番組の放送に力を入れていました。欧州先進国においてBBCの影響力は絶大です。ここにきて欧州各国から中国への非難が高まっていることと無関係とは思えません。
それからもう一点は、新型肺炎で各国の経済が悪化する中、政治家の方々が仮想敵国としてもっとも想像しやすいのが現香港政府であり中国政府であるということです。特に米国においては香港の金融機関への制裁を視野に入れた香港自治法案の改正が超党派であっさりと可決されたことからも読み取れるように、反中で国を一つにまとめようとする動きが強まっています。
兎にも角にも、香港政府・中国政府への圧力は現状強まるばかりで、これはやはり香港や中国大陸におけるビジネスや投資の一つのリスクとして認識しておかなくてはならないでしょう。
2.今後の香港ドル相場について
さてこのような政情不安の状況にもかかわらず不思議と香港ドル高が続いているわけですが、まずは金利差とUSD/HKDのレートを定点観測していきます。
※青いラインはUSD3M LIBOR とHKD3M HIBOR の金利差
先週よりも一層金利差は縮小したのですが、いまだ香港ドル高の機運は止まらず、1USD=7.75HKD で張り付いています。チャートでお示しの通り、4月からこの傾向は続いてまして、なんと先月までに行われたHKMA(香港中銀)の為替介入は4月から数えてとうとう32回目に達したようです。この点は詳細を調査中ですので次号以降で判明次第お伝えしたいと思いますが、とにかく香港ドル高の勢いはまだまだ止まっていないようにみえます。
HKMAより6月のデータは正式に公表されておりまして、興味深かったのが、香港の顧客預金が増加していることで、5月比で1.6%増加したのですが、内訳が香港ドル2.0%に対して、米ドル1.2%だったことです。6月は7月と比べて米ドルと香港ドルの金利差が大きかったですから、第6回で指摘した通り、香港ドルを金利差から選好する顧客行動によるものと思います。
また香港の人民元預金が5月比で7.9%低下していました。7.9%はちょっと異常に感じませんか?私はすごく違和感があります。おそらくですが、香港の投資家や、在中国の富裕層などが香港に預けてある人民元預金を、米ドルや香港ドルに両替しているものと思われます。米中対立が鮮明になっていく中で、投資家が人民元に不安を抱くのは不思議なことではないのですが、その不安に感じている方々が、外国人ではなく、香港や中国の居民であるというのがなかなかに中国人らしい気質を感じるところです。
3.今後の香港ドル相場について
前回は香港の大型IPOが香港ドル高につながっている可能性を指摘しましたが、それに加えて米中対立を見据えて香港で人民元売りが発生しているとなると、おそらく中国大陸からまず香港に資金が流れ、さらにその資金が米ドルや香港ドルに両替されているとも考えられます。米国が大規模な量的緩和をすすめていますから、米ドル先安感もあいまって、香港ドルが選好されているのかもしれません。この動きはしばらく変化がないと思います。
資金の源泉はどこなのだろうかと考えると、もしかすると中国人の資金逃避の動きかもしれませんよね?こうなってくると、むしろ人民元は大丈夫か?と言う人民元推しの筆者としては不安に感じるところもあります。前回の中国からの大型の資本流出は2016年です。この頃、中国は人民元安を食い止めるために全外貨準備4兆ドルの内、1/4の1兆ドルを使用して、人民元安を食い止め、国難を乗り越えましたが、今回はどうなるでしょうか?政治環境的には2016年とは比べものにならないほどの逆風が吹き荒れています。
さて本日はここまでとなります。
最後に相場を中長期でみるコツと言うことについて少しご説明させてください。
テクニカルにチャートを眺めることは非常に重要です。相場に携わる方はほとんど見ていると言っても過言ではありません。ただしどうしてもそれだけでは見えない世界があります。いまテクニカル分析を行っているけれどもなかなか上手くいかないと言う方は、ぜひ世界中のニュースに関心を持って見るようにされてください。そうするとだんだんと世界の出来事と、動いている金融市場の連動性がみえてくると思います。こういった分析手法は「グローバルマクロ分析」などと呼ばれて、世界中の投資家の基本戦略となっています。ぜひ少しずつ試されていくことをお勧めいたします。
それでは引き続き注目度・影響度の高い、中国本土・香港の情報について皆様にご報告させて頂きたく思っておりますので、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
それでは、またの機会にお会いしましょう。
戸田裕大
【過去記事】
<参考文献・ご留意事項>
The Hong Kong Association of Banks:HKD 3M Hibor http://www.hkab.org.hk/DisplayInterestSettlementRatesAction.do Iborate.com:USD 3M Libor http://iborate.com/ Investing.com:USD/HKD spot rate https://www.investing.com/currencies/usd-hkd South China Morning Post: Hong Kong bank deposits expand by US$29 billion in June, biggest jump in over two years as hot money chases JD.com, NetEase mega IPOs https://www.scmp.com/business/companies/article/3095591/hong-kong-bank-deposits-expand-us29-billion-june-biggest-jump HKMA: Monetary Statistics for June 2020 https://www.hkma.gov.hk/eng/news-and-media/press-releases/2020/07/20200731-8/ 日本経済新聞:独、香港との犯罪人引き渡し条約停止 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62194770R00C20A8NNE000/ AFPBB News:「中国は開放路線を捨てつつある」 スイス外相が指摘 https://news.yahoo.co.jp/articles/c76043fa74c4ccd02403f043dc2127e4723e0415
代表を務めるトレジャリー・パートナーズでは専門家の知見と、テクノロジーを活用して金融マーケットの見通しを提供。その相場観を頼る企業や投資家も多い。 三井住友銀行では10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(扶桑社/ 2020 年)『ウクライナ侵攻後の世界経済─インフレと金融マーケットの行方』(扶桑社/ 2022年)。