2019年末に貿易協議で第一段階の合意に達し、長い膠着状態からわずかに動きを見せだした米中の貿易摩擦問題。
しかしその根底には世界の覇権を巡る両国の思惑などが絡み合い、完全解決は非常に困難だとも言われています。
中国在住20年の筆者が、中国現地ではこの問題がどのように報道されているか、また一般市民はどのように受け止めているかについてお届けします。
米中貿易摩擦とは?
世界中が注視する米中貿易摩擦問題。
事の発端は2018年にトランプ大統領がアメリカの対中貿易赤字に嫌悪感を示し、鉄に対して関税をかけたことでした。
その後もアメリカは関税の対象品目を段階的に拡大し関税制裁を続けていきましたが、中国も一歩も引かず、報復的にアメリカの輸入品への関税を拡大して行ったのです。
最終的には中国からの輸入品の半分近く、またアメリカからの輸入品の70%近くにそれぞれが関税をかけるという泥仕合に陥って行きました。
ただこの問題、アメリカは単に貿易赤字解消のみをゴールにしているのではなく、知的財産や技術情報保護などの面で中国のビジネス慣行がグローバルスタンダードに合致していないことへの是正を求める側面も持っています。
そのため、関税制裁だけにとどまらず、中国スマホ大手ZTE社の製品をアメリカでの販売を禁じたり、アメリカ企業がZTE社へ電子部品を販売することを禁止して、実質上ZTE社を営業停止状態に陥れるなど、厳しい制裁を加え続けました。
中国人民に衝撃を与えた「Huawei CFO逮捕事件」中国国内での報道は?
そんな中、中国に大きな衝撃を与えたのが2018年12月HUAWEIの副会長でCFOの孟晩舟がアメリカの対イラン制裁を回避した容疑でカナダの空港で逮捕された事件です。
中国共産党の機関紙「人民日報」の系列紙である「環球日報」では、2108年12月6日にこの事件について第一報を伝え、「カナダ・アメリカの法律に何ら違反していない中国公民をアメリカの要求によりカナダが逮捕したこと、この厳重な人権侵害的行為に対し中国は断固反対し強烈に抗議する」と表明しました。
「坚决反对(断固反対),强烈抗议(強烈抗議)」という非常に強い言葉を使ってアメリカとカナダに抗議しています。
また12月9日には社説にてこの問題を取り上げ、「カナダが人道に反する方法で孟晩舟を拘束していることは厳重なる人権侵害である」として孟晩舟を即釈放するよう訴えています。
Huawei事件に対する中国人民の反応は?
この事件の前までは、米中の貿易摩擦とは言ってもすぐに生活に影響が出るわけでもないため、一般の中国人民にとっては関心を寄せる問題ではありませんでした。
しかし中国を代表し、中国人民の誇りである大企業HuaweiのCFOが「無実の罪」で逮捕され、「人権侵害的拘束をされている」というニュースは、一般市民にも大きなショックを与えたようです。
中国版LINEと言われる「微信」にはアメリカやカナダに抗議する発言で溢れ、愛国的な発言がたくさん見られました。
また、一時期Face bookでアイコンをレインボーにしてLGBTへの支持を表明したように、微信のアイコンに中国国旗をあしらう人もあらわれ、一気に愛国的雰囲気が加速するのを感じました。
そんな中、筆者が一番驚いたのは、夫(中国人)の兄、つまり義兄がスマホをiPhoneからHuaweiに変えたことでした。
会社経営をしており富裕層と言われる人々に属するであろう義兄は、この10年以上熱心なiPhoneファンで、新機種が出ればすぐに手に入れてきました。
わざわざ香港まで新しい機種を買いに行くほどiPhoneのヘビーユーザーだった彼が、事件をきっかけにあっさりとHuaweiに乗り換えてしまったのです。
義兄はこれまで特に愛国心が強いタイプではなく、輸出関係の仕事をしているため海外にも頻繁に出かけることもあり、どちらかというと中国政府に対して批判的な方に見えました。
義兄のようにこの事件をきっかけにiPhoneを辞めた人や、携帯以外でも国内ブランドを重視するようになった人は筆者の周りにも多くいます。
Huawei事件が中国一般人大きな影響を与えた理由
度重なる関税拡大やZET社への執拗な制裁など、様々な攻撃をアメリカから受けてもそんなに動揺を見せなかった中国の人々が、Huawei事件には激しく反応したのはなぜなのか。
理由の一つとして考えられるのは、中国の人々がこの事件をアメリカの覇権争いの一端と考える人が多いためと考えられます。
Huawei CFOが逮捕されたのは、アメリカが言うようにイランへの制裁回避などではなく、中国最大のIT企業であるHuaweiを潰し、「中国製造2025」に代表される中国の世界テクノロジー制覇の邪魔をするためであると感じている中国人民はとても多いようです。
松下電器(中国)が中国で賞賛を集めたわけ
2019年に入り、アメリカのファーウェイ制裁はますます厳しくなっていきます。
5月にはHuawei製品のアメリカ市場での販売禁止とHuaweiへの部品などの供給禁止措置が民間企業にまで広められました。
その結果、Google社がHuaweiとの取引停止を発表するなど、Huawei に致命的な打撃を与えました。
そんな中、5月22日未明に日本の報道機関が「パナソニックは、米政府による中国通信機器大手、華為技術(Huawei)に対する禁輸措置を受け、Huaweiとの取引を中止することを決定した」という一報を報じました。
パナソニックはファーウェイにスマートフォンの部品を供給しており、その供給が途切れるということは、Huaweiにとって大きな痛手となります。
このニュースはすぐに中国でも報道され、大きな注目を集めました。
Googleをはじめ多くのグローバル企業がHuaweiとの取引停止を決定する中、パナソニックも同様の仕打ちをするのか、と中国人民の中に失望感が広がっていきました。
しかし、23日には松下電器(中国)の微信(WeChat)アカウントが、「厳重声明」という題名の文章を掲載。
同時に関係各部門へのメールが配信されたのです。
「現在パナソニックグループはファーウェイに対し正常に製品を供給しており、メディアなどで報じられているような『供給停止』は全く真実ではありません。
Huaweiはパナソニックの長年にわたる提携パートナーです。
我々は国家と地域の慣例法律および条令を厳格に順守し、Huaweiなど中国顧客への製品販売とサービスを継続し、微力ながら中国の事業発展に貢献していきたいと考えています。
」 この微信(WeChat)の内容に多くの中国人民が感動したようです。
非常に多くの人々にリプライされ、拡散されていきました。
筆者の微信(WeChat)タイムランは一時期パナソニック文章スクリーンショットで埋まったほどでした。
パナソニックは本家日本の家電事業に陰りが出ていることから中国の事業展開に主軸をシフトしようとしており、そのため中国政府や民意を敵に回せないという事情もあったようですが、ともかくこの一件でパナソニックの中国での評価は爆上がりしました。
誰も得をしない不毛な争いともいわれる米中貿易摩擦の余波で、唯一メリットを享受したのはパナソニックかもしれません。
どうなる米中貿易摩擦
2019年12月、米中は一定レベルの貿易協議への合意を発表。
膠着状態から少しずつ抜け出しているかのように見えます。
2019年12月30日、中国共産党機関紙「人民日報」のホームページに「2019年の国内国際十大国際ニュース」という記事が掲載されました。
その中で1位となったのが、「中国とアメリカの貿易協議第一フェーズへ合意」です。
「12月14日、国務情報院は記者会見を開き、中国とアメリカが経済貿易協定第一フェーズに合意したことを発表。
アメリカは今後中国製品の関税を段階的に廃止し、関税の引き下げに移行することに対し承諾した。
」 実際は中国側も相当額のアメリカからの輸入増を承諾させられたという事実は伏せ、中国側では成果のみが報道されているものの、2019年一〇大ニュースのトップにこの話題を持ってくるということは、中国政府がどれだけ米中貿易摩擦に注力しているか、そして早急な幕引きを希望しているかをうかがい知ることができます。
単なる貿易不均衡だけではなく、世界の貿易ルールの攻防や5Gインフラ権益をめぐる争い、そして究極的には米中による世界の覇権闘争という複雑かつ壮大なテーマをもつ米中の貿易摩擦。
結果によっては資本主義のルールや価値観までも揺るがす大転換となる可能性も大いにはらんでおり、今後も注意深く動向を見守っていく必要があるでしょう。
PickUp編集部 中国特派員